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開催レポート|トークセッション「私たちのふるまいはどうやって作られたのか?」

「ふるまい」をテーマに活動する「ビヘイビアプロジェクト」が、コロナ禍での長い延期を経て、いよいよ今年から本格的に始動します。プロジェクトのキックオフイベントとして、2024年4月24日(水)にトークイベント「私たちのふるまいはどうやって作られたのか?」を開催しました。

会場は、ビヘイビアプロジェクトが拠点として活動しているSHIBUYA QWS。本イベントは、大学と連携した「未知の問い」と出会うプログラム「QWSアカデミア」の一環として、早稲田大学グローバル科学知融合研究所との共催で実施しました。

ビヘイビアプロジェクトは、日中韓3カ国のダンサー6名が身体表現の専門家として各国のふるまいを比較観察・収集・実験をしていく、実践型アートプロジェクトです。リサーチの様子はドキュメンタリー映像や記事を通して発表され、来年にはリサーチを踏まえたパフォーマンス公演、展示が行われる予定です。この活動には、認知科学、歴史、哲学、経済学、デザインなど様々な分野の研究者が参加しているのも特徴です。「ふるまい」という私たちの日常にあるものをテーマにしながら、1つの正解を探すのではなく、様々な視点からその背景や可能性について考えていきます。

今回は、人間行動学者であり、早稲田大学文学学術院教授の細馬宏通氏をゲストにお迎えして、「私たちのふるまいはどうやって作られたのか?」をテーマに、人々の「ふるまい」について参加者と共に考える時間を設けました。

文理融合、様々な視点から「ふるまい」を考える

まずイベントの導入として、本イベントの共同オーガナイザーである朝日透氏(早稲田大学 理工学術院 先進理工学部・先進理工学研究科 教授)より挨拶をいただきました。

朝日教授は生命科学を専門に研究されていますが、ナチュラルサイエンスだけでなくポリティカルサイエンスも学ぶなど、文系と理系を分けずに関わることを大事にして教育に携わっている、と自身のスタンスを語ります。「ふるまい」に関しては、韓国や中国を含むアジア、とりわけ日本は特に、周りの空気を読んだり、行間を読んだりしながら物事を進めていくハイコンテクスト文化であり、それに対してアメリカをはじめとする欧米はローコンテクスト文化であることを指摘した上で、その文化がそれぞれのビヘイビア(ふるまい)に表れているのではないかと述べます。

そして、なぜそうした違いが生まれるのかについて、生命科学の立場からは、ゲノムなど先天的なものだと考えられる一方で、個人的には、置かれている環境や組織など後天的な要素が大きいと考えているとのこと。ナチュラルサイエンスは、起きた現象を明確に伝える定量的な要素が重要であるが、定性的なものにも指標をつくったり、それを何か表現に変えていくことができたらおもしろいのでは。それが、社会の雰囲気を変えることに繋がるのでは。と、ビヘイビアプロジェクトへの関心と応援のメッセージを語っていただきました。

細馬宏通氏によるゲストトーク|人間行動学の視点から「ふるまい」を問い直す

第一弾となるトークのゲストは、人間行動学を専門に、複数の人が集まる場所で起こる身体動作を研究している細馬宏通氏。人と人とが関わる際に空間や時間をどう捉え、どのように相互作用するか、発語とジェスチャーの微細な構造観察を通して分析を行っています。主な著書に『介護するからだ(シリーズ ケアをひらく)』、『ミッキーはなぜ口笛を吹くのか』、『うたのしくみ』、『フキダシ論:マンガの声と身体』などがあります。

細馬氏のレクチャーでは、私たちの身の回りの行動全てに関わる「ふるまい」という、広範で捉えどころのないものと向き合うヒントとして、いくつかの先行研究や視点を紹介いただきました。

都市生活者のふるまいを観察する

人間のふるまいに関する研究は古くから行われており、20世紀にニューヨークに人が集まり始めた頃、新しい都市空間での生活の特異性に注目する人が出てきたそうです。様々な系譜がある中で細馬氏がブレイクスルーだったと語るのは、アーヴィング・ゴフマンという社会学者です。1950年代に精神病院で参与観察をしていたゴフマンは、世間から奇妙に見える入院患者のふるまいを前にして、なぜこの患者の動きは奇妙に”見える”のか、という問いを持ちます。突然笑い出す行動を変だと思うのではなく、そう思う私たちの暗黙のルールの側にこそ、立ち止まるべき点があるのではないか、と考えたのです。

違和感を感じる原因を患者個人に求めるのではなく、そう思ってしまう社会の側を見直す。そうした考えは当時の社会学では斬新で、発想の大転換でした。さらにゴフマンは、病院の中に限らず、普段人々が過ごす公園や講堂などにも暗黙のルールがあり、それを見ていくことでコミュニティの形が見えてくると考えました。

また、ゴフマンは、私たちは都市生活者であると同時に、観察者でもあると指摘しています。その例として、細馬氏は早稲田大学のキャンパスで撮った写真を映し出して、そこにいる人々の集まりから関係性を推測します。「この人たちは寝転んでリラックスしている、この人たちは知り合いではないだろう、この人たちは親しいだろう……。赤の他人が集まっているときに、その配置の形を見て、こういう人かなと推測してしまう。そしてそれを自分の次の行動の予測に使う。ということを、私たちは知らず知らずに行っているのです。」

漏らす身体とスキャニング

誰かとコミュニケーションする際に、身振りを大きくして、強調することがあります。「自分はこのような意図を持っている」ということを相手に察してもらうために、意識を外化する行為です。でも、そのような大袈裟なふるまいでなくても、他者のふるまいを「スキャニング」するということを、人は自然と行っています。

例えば、なんとなく相手と同じタイミングで飲み物を口に運んでしまう。あるいは、机を誰かと一緒に運ぶとき、掛け声をかけなくても持ち上げるタイミングが合う。そうしたことは特別に意識しなくても自然とできてしまうけれど、実は私たちの身体からは色々なものが漏れ出ており、それがスキャニングされ、細かい分析を通して、次の行動に反映されている、と細馬氏は指摘します。

スクランブル交差点でのケーススタディ

次に、ケーススタディとして、当日細馬氏が渋谷のスクランブル交差点で撮影してきた動画を見ながら、実際に人々のふるまいを観察・分析してみました。まず細馬氏が着眼点として提示したのは、フォーメーション(陣形)の概念です。例えば、人が集まって話をするとき、輪になって中央が空くという形ができます。人がそこを通るとき、その中を突っ切ることはしないように、フォーメーションによって周りの人の動きも変化していきます。

スクランブル交差点の動画で細馬氏が観察の対象としたのは、写真を撮っている人たちでした。人々が交差点を渡り始めても、あるグループは動かない。そうすると周囲の人は、この人たちが撮影しようとしていて、ここに被写体を求めているのだなと推測する。次第にスマホの前方に目には見えない「写真空間」が投射され、不可侵の領域ができてきて、人はなんとなくそこを避けていくようになる……。と動画を見ながら分析します。

また、ペアで写真を撮っている人たちにも注目。人は、撮っている人同士の間を横切るのを躊躇うものです。横切った人がいても、その人は一旦撮影が途切れたことをわかっていて、撮っている人も、自分たちの写真空間が公的空間で邪魔にならない範囲でシャッターチャンスを狙っている。「写真を撮る行為は個人的な行動ではなく、パブリックな行為でもある」と細馬氏は述べます。

他にも、その日は雨が降っており、傘がぶつからないように歩く人々のふるまいも観察しました。傘と傘が接触しそうになるときに避けるやり方として、傘を高く上げる方法があります。では、お互い同じくらいの身長で同じ条件だった場合、どちらが傘をあげるかのルールはあると思うか、会場に質問を投げかけます。参加者からは「歩くのが早い方が避ける」「先に目があった人が避ける」「ビニール傘じゃない方、傘がより大きい方が上げる」などの意見が挙がります。

どれもありえると思うと言いつつ、細馬氏の仮説はより単純で「先に傘を上げた方」だと言います。「ちょっとずるいですが、相手が先に傘を上げたら、こちらは『どうも』って傘を下げるというルールを私たちは持っています」と言い、こう付け加えます。「みなさんが言ったのは、傘を上げたい動機です。個人が自分の気持ちを通すには、動機さえあれば通ります。でも、複数の人が集まったときは、それぞれの動機がぶつかるので、調節をしないといけない。その調節のルールが何かを探るのが、この公的な空間のふるまいの面白いところだと思います。」

暗黙のルールを発見し、そのルールの必要性を考える

レクチャーの最後、後半のワークショップをする上で心に留めておきたいこととして、細馬氏はこのように伝えました。「ゴフマンの考えのように、誰かのふるまいがおかしいと感じるとき、なぜそのふるまいが自分にとって違和感を持って見えるのか考えて欲しい。違和感には暗黙のルールがあって、それを発見すること。そのルールを本当に守らないといけないのか? 守って便利なことがあるのか? そのルールがうまくいかないとき、どういうオプションがあるのか? と考えると、色々面白いことが見えてくるのではないでしょうか。」

レクチャーの後、ビヘイビアプロジェクトの参加ダンサーであるシマダタダシ氏からは、「細馬さんの話を聴いて、ふるまいについて同じように探求しようとしている人が他にもいるんだということが分かって、なんだか嬉しくなった。日々の生活の中で人は無意識のうちに色々と考えながら反応して行動している、人のふるまいって何かいいものなんじゃないかと感じました」とコメントがありました。

細馬氏からは、シマダ氏に対して「公園や街中のような公共の場でダンスするとしたら、どのように自分とその場所の関係をつくり、どのように踊りの空間をつくっていくのか」という質問がありました。それに対してシマダ氏は、自分はお客さんとダンサーと明確に分けるのではなく、微妙に変化していく気配や距離感を感じながら、ぬるっと次の動きに移り、徐々に日常と違う存在になっていくのが好きだと語ります。公共の場は、すべての人にとって開かれた空間ですが、同時に様々な制約のある場所でもあります。そうしたパブリックスペースの面白さや可能性について話すうちに、周りの人が分類できないもの・得体の知れないものに感じる感情などについても、話が展開していきました。

身の回りにある「ふるまい」について考えるワークショップ

イベント後半は、参加者同士でグループになってワークショップを行いました。

ワークショップの問いは、「あなたが普段の生活の中であまり好きじゃない(しっくりこない、違和感がある)ふるまいはなんですか?」。その問いに対して、まずは個人で思いついたふるまいを書き出します。次に、4人1組になって、書き出したふるまいがなぜ起こるか、その背後にどういうルールや価値観があるのかをグループで話し合います。最後に、その話し合いを経て、代わりにどんなふるまいだったら良いと思うのか、どのような別の可能性があるのか、自分なりの考えを出していきてます。

最初は少し遠慮気味に話し始めた人たちも、自分が気になっているふるまいについて共有し、それについてグループで意見を交換しているうちに、どんどん議論が盛り上がっていきました。挙げられたふるまいとそのエピソードには、職場での上司や同僚、お客さんのふるまいから受けるプレッシャーやストレス、家庭内での夫婦のふるまいと、相手に期待することとのギャップ、公共空間で周りの人を意識しないふるまいから感じる違和感について、ついつい人前で自分がしてしまうふるまいなど、さまざまでした。

普段抱えていたけれど、外では出せなかった悩みや不満が溢れように出てきた瞬間もあり、人々のふるまいがいかに周りに影響を与えているのか、そしてふるまい自体は小さくても、その積み重ねがいかに社会を形づくってい久くのか、ということを考えさせられます。

ふるまいは誰にとっても身近なものであるため、気になるふるまいを挙げることは容易ですが、そのふるまいの背景について考えたり、なぜ自分がそのふるまいに違和感を感じるか考察するには、一歩引いて分析する視点が必要です。その際に、レクチャーで細馬氏が提示したさまざまな着眼点や概念がとても参考になりました。

最後に細馬氏からは、「日常で違和感を持ったことを複数名で話すことって、意外と少ないですよね。普段友達と話すときは、『そうだよね』で終わるかもしれないけれど、今回のような場だと、自分とは違う意見が出たり、『そうじゃないかも』という視点で考え直すことができる。違和感の裏には社会のルールもあるし、自分の来歴もあるし、違和感について問うことで、自分が何にこだわっているかを気づくきっかけになるのではと思います。とても面白そうだったので、自分も参加したかったです(笑)」とコメントをいただきました。

ビヘイビアプロジェクトは人々のふるまいを観察しながら、そこで考えたことをパフォーマンスとして表現していく実践です。何か違和感をもつふるまいがあったとしても、その背後には一人の意志を超えたさまざまな要因があり、どんなふるまいだったら良いかと簡単に答えは出ませんが、普段とは違う身体性を使って働きかけたり、多様な視点で今ある社会を捉え直すきっかけを作れたらと願っています。本トークセッションを皮切りに、これからフィールドワークやトークセッションなどさまざまなプロジェクトが展開していきますので、どうぞお楽しみに。


私たちのふるまいはどうやって作られたのか?
QWSアカデミア 早稲田大学 × ビヘイビアプロジェクト

日時|2024年4月24日(水)19:00-21:00(受付開始18:30)
対象|社会人、学生、アーティスト、ふるまいに興味のある方は、年齢に関係なくどなたでも大歓迎です。
定員|60名
参加費|無料
会場|渋谷スクランブルスクエア15階 SHIBUYA QWS クロスパーク
申込先|https://qws-academia-240424.peatix.com
主催|SHIBUYA QWS Innovation 協議会
共催|早稲田大学グローバル科学知融合研究所、ビヘイビアプロジェクト
協力|Beyond 2020 NEXT PROJECT、澤 隆志(キュレーター)