東京でのフィールドワークを振り返って
社会秩序と行動規範が、状況に応じたふるまいを生み出す —
フィールドワークは朝7時半の渋谷からはじまった。スーツにワイシャツ姿の通勤客たちが整然とホームに並び、静かに滞りなく車内へと吸い込まれていく。人の多さにしては不自然なほどに静寂なホームや電車の中だったが、金曜の新橋の飲み屋街に行くと、そんなスーツ姿の人たちのふるまいは一気に大胆に。大きな身振りと大きな声でにぎやかに酒を交わす人たちの様子を観察した。なぜ状況によって、人のふるまいはこれほどまでに大きく変化するのだろうと感じる。
小学校で働く先生の紹介で、中国ダンサーの2人と東京近郊の小学校に見学に行った。先生の声の掛け方、生徒が集団行動をする様子を見ながら、自分たちの幼少期の学校での体験を思い出し、ふるまいが学校でどのようにしつけられてきたかについて色々と話した。韓国のダンサー2人とは、曹洞宗総本山である鶴見の總持寺に行き、ご先祖と万物精霊の供養を行う盂蘭盆施食会(うらぼんせじきえ)の行事を見学できたことも強く記憶に残っている。僧侶たちが読経をしながら寺院内を足早に動き回る一連の儀式を観察して、宗教には巧みに設計されたふるまいの要素があるということを感じた。
住宅街でのふるまいの観察は、中韓のダンサー共に印象に残ったようである。東京近郊の住宅街・川崎市宮前区を訪れて、駅前のコミュニティガーデンを整備する地域住民の活動や、ケアホーム、公民館などを訪問して話を聞いた。会社で従業員として雇われることと比べると、地域活動を行う人たちからは、自分が何をしたいかという意思がより強く感じられる気がした。また、家族のディナーに参加させてもらう機会にも恵まれた。父や母としてどうふるまうべきか、1つ上の世代と比べて価値観がどう変わったかといった、ふるまいの背後にある考えを聞けたことは、とても刺激的な体験だったように思う。
東京では、ビヘイビアプロジェクトが拠点にしている交流施設 SHIBUYA QWS(渋谷キューズ)で、日中韓3カ国のダンサーのフィールドワークに合わせて3回の報告会&ディスカッションを行ったことによって、更なる示唆が得られた。歴史/有職故実の専門家・三石晃生氏、キュレーターの澤隆志氏、哲学者の山森裕毅氏をゲストを招いて、観察したふるまいについてそれぞれの専門性から考察を聞けたことはとても刺激的だった。またイベント参加者とも活発な議論ができ、観察だけでは得られない、多様な視点や考察が得られた。