
公演レビュー②「ふるまいの考察、その先にある景色」
「ビヘイビアプロジェクト」は、日中韓3カ国6名のダンサーたちが、「ふるまい」をテーマにフィールドワーク・分析・考察をおこない、自分はどうふるまいたいかを身体に起こしたパフォーマンスの上演とドキュメンタリー動画配信の二本柱で実施するプロジェクトである。昨年5月よりプロジェクトメンバーによる3カ国でのフィールドワークが開始し、ダンサーたちそれぞれが感じた気付きをストックしていく。それらを研究者も交えて分析・考察し、レクチャーパフォーマンス形式で舞台作品化したものが、今年2月『ビヘイビアプロジェクト 日中韓 三カ国のダンサーたちによる、身体表現を通じた「ふるまい」の考察』として上演された。
会場でまず驚いたのは、場内の和やかさだ。受付や制作まわりのスタッフだけでなく、本番を控えた出演ダンサーやテクニカルスタッフなどが、客席に顔を出し挨拶をしている。そして観客はわいわい(というよりもガヤガヤに近い)と談話を楽しんでおり、普段足を運ぶコンテンポラリーダンスや演劇の公演ではなかなか見られない雰囲気で、会場全体が何かとても新しいことが生まれる瞬間に立ち会っているような高揚感で満ちていた。

開演とともに、プロジェクトリーダーであり構成・演出を務める中澤大輔、出演のシマダタダシ、北川結、イエ・ヒョスン、ナ・へヨン、ウェイ・マン、ワン・ジャーミンの6名、音楽を務める額田大志が舞台に登場し自己紹介すると、中澤がプロジェクト概要を説明する。2018年に活動開始したもののコロナ禍で一時中断し、昨年ようやく実施に漕ぎつけたこと、「私たちは自分たちのふるまいを自らの意思で変えることができるのか?」という問いが軸になっており、ふるまいをともに考えるプロジェクトであること、そして考察のプレゼンテーションと「自分はどうふるまいたいのか」を身体で表現するパフォーマンスをセットにした6人6様の小作品で構成されていることが語られた。
トップバッターのワン・ジャーミン(中国)は、東京の満員電車での違和感を説く。誰も文句を言うことなく淡々と寿司詰めになり、扉が開けばスムーズに降車していく。その謎の秩序の裏には、とてつもなく深い闇が潜んでいるのではないか。日本の自殺率等について取り上げたドキュメンタリー番組の映像を流しながら話すジャーミンは、この違和感を、風船を使ったパフォーマンスで表現した。5人のダンサーの頭上に伸びる糸の先には、白い風船が4つずつ設置してある。無言のまま立っているダンサーたちは、誰かが少し移動すると、言葉を交わすことなくパーソナルスペースをリセットし、また別の場所に立つ。これを繰り返すうちに5人の間隔は狭まっていき、次第に頭上の糸が絡まりはじめ、ついにはダンサーたちの関係性がギクシャクする。そしてジャーミンが手にしていた風船が割れるところでシーンが終わる。

ナ・ヘヨン(韓国)は、感情の表出に興味を持ったという。日本語は穏やかに話すが、中国語は抑揚があり感情も表出しやすい。韓国では、ネガティブな感情は長く秘めておくと病気になると考えられているが、ヘヨン自身はネガティブな感情を表に出すことができない。パフォーマンスでは、感情を他者にシェアすることで生じる痛みや、言葉で発するまでの心の機微を描く繊細な振付作品を披露。「感情をダンス芸術に変換」することに強い関心を持つヘヨンらしい作品となっていた。
日本から参加したシマダタダシは、ソウルと北京の公園で観察した様々なアクティビティを楽しむ人々に共通する、自意識のない開放感に感銘を受ける。対して自分は、東京の公共空間で常に誰かの迷惑にならないように行動している。しかし、ジャッジされないように行動することが、自分も誰かをジャッジしようとすることに繋がっていると気付く。果たしてこれが自分の望む姿なのかと考えるシマダのパフォーマンスは、雑踏でも一人でも、いかなる状況においても、自分の本当の声を聞けるようになるためのレッスンだ。

額田大志の生演奏が、絶妙なバランスでパフォーマンスを引き立てる。額田は、舞台下手奥の音楽ブースにいて、ドラムやピアニカなどを操り、6つの作品それぞれに全く印象の異なる音楽を奏でる。シマダが何度も口を開けて声を出そうと試みる抽象的なシーンでは、ドラムとノイズを混合した音が不定期に聞こえてくるので、心がザワザワするような感覚になる。綿密に計算され、かつダンサーの呼吸にジャストで合わせてくる額田の心地よい演奏は、本作の影なるナビゲーターのように思えた。
次に登場した振付家・ダンサーのイエ・ヒョスン(韓国)は、東京の高齢者ケアホームを視察したことと、韓国に見られる厳しい上下関係を切り口に、年齢を重ねることに伴うふるまいについてユーモアたっぷりのパフォーマンスを提示した。ヒョスンと言えば、2000年代後半のアラン・プラテル率いるダンスカンパニーLes Ballets C de la B来日公演で、唯一の東洋人として一際目をひく切れ味抜群のダンサーとして記憶しているのだが、その彼も50歳。最近は、年下のダンサーから気を使われることが増えてきたという。突然、シマダ(38歳)とジャーミン(37歳)を舞台上に呼び出すと、軽快なリズムとともに筋トレ耐久レースのようなものが始まった。エクササイズ30秒+インターバル10秒を1セットとし、スクワットや腕立て伏せなど数え切れないほど多くのメニューをこなしていく3人。年齢に関係なく、そこにあるのはハイタッチできる関係性のみ。しがらみを剥ぎ取ったあとのピュアな人間関係とは、きっとこういうものなのだろう。

ウェイ・マン(中国)は、東京で訪れたある一般家庭での体験から、自身の幼少期の辛い記憶と向き合うことになった。幼い頃、母に見捨てられないように良い子を演じ続けていたため、役割を演じることから抜け出せなくなっている自分に気が付いた。そして世の中の全ての人は、何らかの役割を演じることを社会から課せられており、この制約によって自由な想像力が奪われていると話す。そしてマンは、家族写真をモチーフにした作品で、親の役割、子の役割、制服を着た学生の役割、スーツを着た会社員の役割などを身体で表現した。着ていた役割を脱ぎ捨て、自由になったマンの踊りには、過去の自分も未来の自分も大切にするという誓いが込められていた。
最後に登場した北川結(日本)は、北京の公園でアクティビティを楽しむ人々の、各グループの距離の近さに驚く。人の迷惑になると感じる距離が国や文化によって異なり、北川自身は、周囲に気を使いすぎるあまり何も言えなくなってしまうことがあり、その時の身体の状態を分析すると、胸がギュッと痛くなり、呼吸が苦しく、皮膚感覚が鈍って気持ちが悪くなっているという。「私はどうしたいんだろう」という言葉をリフレインしながら、北川のパフォーマンスが始まる。皮膚感覚が鈍っている不調の北川の身体からは、必死に踠き踊ることで次第に淀みが消え、澄んでいくのがわかる。冒頭のトークで中澤は「自分がどうふるまいたいかを身体に起こして表現します」と説明するが、映像・振付・台詞などを用いず身ひとつで描き切った北川の渾身のダンスは、もっともこの言葉を体現していただろう。

ラストシーンでは、全員が登場しそれぞれが望む6つの「ふるまい」が舞台上で一堂に会し、理想郷のような世界が見えかけた瞬間、フッと暗転し終演となった。6つともベクトルの全く異なるものであるにもかかわらず、それら全てを内包しうる「ふるまい」という言葉の持つ意味の豊かさと、このプロジェクトに「ふるまい」の語を選んだ中澤の巧みさに改めて驚かされる。と同時に、本作品でこれほどまでに多様な気付きを得た「ビヘイビアプロジェクト」の今後の展開には可能性を感じずにはいられない。
まず、近くプロジェクトのプロセスを綴ったドキュメンタリー映像の配信が控えている。ここでは各国でのフィールドワークの様子や、分析・考察の段階で研究者たちと行った議論の様子などが見られるそう。また「ふるまいを変えていくための実証実験」と称して、一般企業や自治体などと連携して人のふるまいを変え、社会を変えていく活動も予定されているという。これは、中澤が会社員時代からずっと考えていたことで、飲み会での作法や上司との話し方など、日常的に行われている様々な「ふるまい」を見直すことで、もっと生きやすい社会を目指すことができるという仮説が根本にあるそうだ。演劇、建築、文化人類学を学び、分野の垣根を越えた視野の広い活動を展開する中澤とこのプロジェクトの今後に、引き続き注目していきたい。
最後に、個人的なエピソードを1つ。本作は「小学生以下の子どもは保護者同伴に限り無料」という珍しい価格設定で、子ども向け演目ではないのに子連れでの観劇が可能という、未就学児の育児中である筆者にとっては非常にありがたい公演だった。チケット購入時に「子どもの同伴の有無」を入力しないと先に進めない仕様になっており、購入者があらかじめ子どもの来場を認識できる仕組みも新しい。実際、会場には子どもの姿もたくさん見られ、上演中に子どもの笑い声グズり声が聞こえてくるのも良かった。正確に言えば、このような観劇の形も許容される未来が少しでも想像できたことが、良かった。後日、中澤に経緯を聞くと「この作品をどんな人に観てもらいたいか考えた時に、子を持つ親にはぜひ観てもらいたいと思った。では親に来場してもらうにはどうするかを、チームで話し合った」とのこと。既存の方法を踏襲するのではなく、目的達成のために新たな方法を考える、この姿勢もまた「ふるまい」の一つなのだと思った。
村松 薫(むらまつ かおる)
愛知県出身。早稲田大学大学院文学研究科演劇映像学コース舞踊学専攻修士課程修了。2012〜2018年北九州芸術劇場に勤務、ダンスフェスティバル「DDW」や企業連携プロジェクト、アーティスト育成事業等に企画から携わる。2018年よりフリーでの活動を開始し、公演制作や子ども向けダンスプロジェクト等を担当。現在はアーツカウンシル東京に所属しアーティストの活動支援に取り組んでいる。※文中の写真は、写真家の菅原康太氏が撮影した公演記録写真を使用しています。